kutta

たまに

 

新しく!と思って関西から出、名古屋に住み
やっと、なんとか もうすぐ一年。 という感じ


もちろん目新しくて、楽しく新鮮な場面も溢れていて
ひと言で表すならそれはもう「良かった」なんやけど

やっぱり何か薄膜が張っているような心地で。
伸びてもいけず 大きく変われもせず
所存のないまま数ヶ月は過ごしました。

 

あまり上手く依存が出来ないタイプであったので、
ホームシックという単語はギャグでしか言わず
本当に宇宙空間にいるような感触で

このままいい具合に一新出来たらな なんて思っていたけど
ただただ一周しただけで戻ってきてしまった と気づいたのが11月頃。


長所、短所 と秤にかけて片付けようと思ったけどそうゆうことでもなく
はっきりとしたロールモデルも思い描かずここまできたので、
その頑固さは必要か否か…等考え、
膨れては痩せての繰り返しで

大人の思春期はタチが悪く、なんとなく往なしてしまうので
尾をひく・最終地点まで持ち帰ってしまう。
ゴール寸前でやっと焦る。

これはどうしよう…と、知恵で解決しようとするけど
その有様の自分で生きていくことに変わりはないので、
諦めるか腹をくくるかしかないのである。
ずっとそうや
フィジカルからは逃げられない


そんな漠然とした、エセ禅問答で走り抜けようとする姿も板がついてきたから
それを堂々と人様に見せられるようなメンタルも用意しようかなと思う。

見る側の勇気にはならんやろうけど、気は抜けるでしょ
こんな有って無いような心持ちで暮らしていけるんやと。

 


そんな
何とも言い訳がし難い頑固さは削れることなく
また春が来ようとしています。

やっと(自分なりの)正気に戻ったので
今年はちょこちょこ遠出したい。
行きたい場所にピンポイントに・話したい人の目前に
一泊でするっと現れたら、大人っぽいし。


あとは異国語をひとつ覚えたい
母数を思うと英語かな
こんな考えを ただ答えるだけの術は持っていたい。

やっぱり、くだらん想いを体に縫い付けて走り抜けたい

大体が幽霊

 

「どうしようもない」の感覚が終始漂うように自分の周りにあって、それを時と場合でかわすか、

ひたひたに受け入れるか、良い武器かのように使うか

みたいな選択肢の中におったけど、それがくっと広がって そのゾーンは世の中にちゃんと存在してるんやと感じたのが最近。

 

気付く気付かないの話ではなく、もちろん偉いダサいなんていう稚拙なものでもなく

 

所在があるふりをしたりしてエピソードを伝えるけど、その身があるということ以外は実在していない ような感覚というか。

その人が落とした点に触れることなんて出来なくて、ただそれを都度見せてもらっている

それに対した自分の答えもその場にらしく浮かびはするけど、それを誰も持ち帰ることはなく

それを「見た」ということだけを時々思い出したりする

 

いつも手元にあるのは自分のその身ひとつで、

纏っている残り香だったり近々の感触でコンディションを保って

少し難しくなったら、必要になった時系列を その度わがままに 再構築して追体験しているような気がする。今持っているのは余すことなく妄想。

丸々は、起こったタイミングにしかなくて あとはもう亡霊のように漂わせてそれに憧れて追って成長・変態していっている

 

そこに血が絡むから恋愛だったり親友だったり、

物理的に近くに居続けたい という感覚で堪らんくなったりするんかなあ。

その瞬間でのジャッジには何も意味はなくて無くしてもよくて、瞬発力だけで 一動物として熱量だけで決めたりして。それを有りとしている

 

 

もう正しさはなくて、

うれしさ悲しさの差異もない、ぶつかるくらいの近さで代わる代わるハッと首を出す束を

「楽しい」「つらい」と感情として処理して

結局その場その場にぽつと置いていくしかないような気がしている。

 

何も予想で語れることはない

そういう意味でどうしようもない。

だから嬉しいし楽しいしさみしくもなる

と思っている。